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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)287号 判決

原告

藤村瑛二

被告

特許庁長官

主文

昭和50年審判第8225号事件について、特許庁が昭和59年10月16日にした、昭和58年8月18日付けの手続補正に対する却下の決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外中野桂介は、名称を「同時交換方式」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、昭和45年5月21日特許出願をしたが、昭和46年6月1日訴外吉田五郎に右特許を受ける権利を譲渡し、同年9月10日特許庁長官に対しその旨の届出がなされたところ、昭和50年7月4日拒絶査定があつたので、訴外吉田は同年9月22日審判を請求し、昭和50年審判第8225号事件として係属した。

原告は、昭和56年4月10日訴外吉田から右特許を受ける権利を譲受け、同日その旨を特許庁長官に届出たが、同年5月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があつたので、原告は、同年7月9日右審決の取消請求訴訟を提起したところ(東京高等裁判所昭和56年(行ケ)第181号)、昭和58年5月19日右審決を取り消す旨の判決の言渡しがなされた。

原告は、昭和58年8月18日付けで手続補正をなしたが、右手続補正は、本願の願書に最初に添附した明細書及び図面の要旨を変更するものであるとして、昭和59年10月16日補正却下の決定がなされ、その謄本は同年12月12日原告に送達された。

2  決定の理由の要点

Ⅰ  この昭和58年8月18日付けの手続補正の第1の要点は、第3―1図を補充し、この図面に示された構成についての説明を追加するにあるものと認められる。

この第3―1図図示の構成について、補正明細書第11頁第3行乃至第6行には「第3―3図のRS従つて亦Dを閑却したものが即ち第3―1図である。第3―3図のRSの端子を特定の下位局むけに固定しておけば全く第3―1図と同様である。」と記載されている。

この記載で引用されている第3―3図は、本願の願書に最初に添附された図面(以下、「原図面」という。)第3図の図面番号を補正したものであるが、本願の願書に最初に添附された明細書(以下、「原明細書」という。)及び原図面には、RS及びDを省略し得ること、及び、RSを特定の下位局むけに固定すること、については記載されておらず、また、これを示唆する記載も見出せない。

すなわち、原図面第3図に符号RSで示された素子について原明細書第3頁第14行乃至第16行には、「RSは信号用共通線を行先別に接続しうるスイツチで簡単のためロータリ式のものを示す。」と記載され、同じく符号Dで示された素子について原明細書第4頁第13行には「Dは遅延回路であり、」と記載されており、原明細書第4頁第15行乃至第5頁第1行にはこれらスイツチRS及び遅延回路Dの機能について「DR(レジスタ)はこの信号(コーダCDからの信号)を蓄積しこれらの最初の1~2桁によつて、行先を判断し、RSを回転してその方向の信号用出線に接続する。このRSの動作完了まで遅延回路Dによつておくらされた信号はスイツチSをとおつてRSより次の階梯のB局の共通線信号装置に送出される。」(なお、括弧内は審判合議体が付記したものである。)旨記載されていて、このスイツチRS及び遅延回路Dが有為な機能を達成していることが明示されている。

したがつて、これらスイツチRS及び遅延回路Dを欠除すること、及び、このスイツチRSを特定の下位局むけに固定しておくことについて原明細書又は原図面に開示ないしは示唆されていない以上、この補正図面第3―1図とその図示の構成についての説明は、原明細書及び原図面の要旨を変更するものというの外はない。

なお、この補正図面第3―1図図示の構成においては「ルートが特定され、1ルートに1システムを必要とする。」(補正明細書第4頁第15行乃至第17行)ことから、専用信号線のシステムを各交換ルートに設けるために補正図面第3―2図②図示ののように3ルートに設置することと(補正明細書第7頁第8行乃至第13行)についても、原明細書又は原図面のいずれにも開示されておらず、これを示唆する記載もない。

また、補正図面第3―2図③に図示された構成についての説明はなされていないが、この図示の構成も遅延回路を欠如している点で、原明細書又は原図面の要旨を変更するものと認める。

Ⅱ  この手続補正の第2の要点は、原図面第3図に相当する第3―3図の説明を変更するにあるものと認められる。

すなわち、補正明細書第8頁第9行乃至第13行には「始端局CDより接続用情報信号はRSの動作に不拘一定のペースで送信され、RSの動作が完了せぬ間は、RSの前で消費され、動作完了後は上位局をも含めて同時に(或は殆ど同時に)送達される。」と記載されている。

しかしながら、この記載中の、接続用情報信号が「RSの動作が完了せぬ間はRSの前で消費され」という記載と、前記Ⅰ項で引用した原明細書第4頁第19行乃至第5頁第1行の「RSの動作完了まで遅延回路Dによつておくらされた信号はスイツチSをとおつてRSより次の階梯のB局の共通線信号装置に送出される。」という記載とを比較すると、補正後のものが遅延回路について言及するところがなく、また、これによつて接続用情報信号の一部が次の階梯の局へ伝送されることなく消費されるという点において相違している。

そして、原明細書又は原図面には、この相違点を開示しあるいは示唆する記載はなく、ましてや各局において遅延を有しないことの結果として、RSの「動作完了後は上位局を含めて同時に送達される」というこの補正明細書記載の機能を達成することの開示、示唆はなされていない。

よつて、この点に関する補正明細書及び補正図面の記載は、原明細書の要旨を変更するものと認める。

なお、原明細書第6頁第5行乃至第7行には、「第5図の時間グラフにおけるB局の状況によれば明らかであるが、信号時間Sgは殆ど同時に並べられる。」との記載があるが、遅延回路を有しない構成について原明細書又は原図面に示唆するところがないこと前述のとおりである以上、この記載のみによつて前記補正明細書の記載事項が示唆されていたものとすることはできない。

Ⅲ  この手続補正の第3の要点は、原図面第5図に代えて第5―1図乃至第5―5図を補充し、これら図面に基づいて動作の詳細な説明を行なうことにあるものと認められる。

しかしながら、この動作説明における次の各事項については、いずれも原明細書又は原図面に記載されておらず、また、これを示唆する記載も見出せないから、これら各事項及びこれら事項を説明するための第5―1図乃至第5―5図は、原明細書及び原図面の要旨を変更するものと認める。

(1) 補正明細書第11頁第16行乃至第12頁第10行に記載された、「充分な動作速度の部品素子を用いて局番情報の各桁S1等の継続的時間内a1の時点で通話線の方向別、番号決定(出線番号の決定と解する。)を行なうと共に、第5―2図のように装置の制御パルスの周波数を交換接続用情報の2倍の周波数にとつて第1の制御パルスFで交換接続用情報を識別し、第2の制御パルスSで各素子の応答を行なわせることにより、交換接続用情報のパルス状態時間tmとスペースtsの間に装置の応答がなされるようにするか、あるいは、更に器機の応答速度に注意し、併せて制御パルスの速度を更に早くすることにより交換接続用情報のパルス状態(マーク)期間tm内に器機を作動させる。」という趣旨の開示。

(2) 補正明細書第12頁第12行乃至第13頁第2行におい、「Sgの終了する*印の識別で各局CS内でSは同時に切替り」という記載における「同時に」という記載、及び、下位局に自局の出線情報を送る時点が「各点とも同時点である。」との記載に、更に、「各局同時で通話路が貫通する」という記載における「各局同時で」との記載。

〔ちなみに、原明細書第5頁第4行乃至第7行の記載によれば、この*印の制御用シンボルは、コーダからの信号の末尾に付加されたものであり、このコーダからの信号は各局の遅延回路により遅延を受けるものであるから、各局同時に*印のシンボルが到達するものとは認められず、したがつて、この*印のシンボルの到達によつて開始される動作も各局同時に行なわれるものと認めることができない。〕

(3) 補正明細書第13頁第7行乃至第17行において、「局番信号の最初の桁の時間内でRSの接続端子を判断し切替を終り得る。」との記載〔前記(1)において指摘した。〕、「遅延を閑却し、遅延回路Dを閑却すると、」との記載〔前記Ⅰ項参照。〕及び、「RSの選択接続が完了するまで信号電流はRSの前でむだに消耗する。」との記載〔前記Ⅱ項参照。〕、更には、「信号パルスで起動し信号のスペース内の終る迄に接続完了すれば1桁目の信号電流はRSの入力端で消失する。」との記載。

また、これら記載を受けた、補正明細書第13頁第18行乃至第14頁第9行の前記と同旨の記載。

なお、補正明細書第14頁第18行の「最終の*の記録される時点は同一である。」との記載については、前記(2)項において既に指摘したとおりである。

(4) 補正明細書第14頁第15行乃至第18行の「各局DRに記録される情報は、第5―3図に示すごとく、A局はXBC・Z*であり、B局はBC・Z*であり、C局はC・Z*である。」との記載、及び補正明細書第15頁第17行乃至第16頁第6行におけるこれと同旨の記載。

〔原明細書第6頁第16行乃至第18行には、「時間b3―b4はSgと同じか、上位数字を省略して行けばSgより短縮されるか何れかであり」と記載されているが、この記載は信号時間Sgの長さについての説明に過ぎず、上位数字を省略する理由、条件、手段についての開示は全くなされていないから、この原明細書の記載によつてこの記載事項が示唆されていたものとは認められない。〕

(5) 補正明細書第14頁末行乃至第15頁第5行の「各局RSの前で消滅する信号電流はその前部分となる。」との記載、及び、同第15頁第6行乃至第16行の記載における「信号電流の一部が削られても動作する敏感なDRであれば、削られた残りのエネルギーを受けてこれを蓄積することができる。」旨の事項。

〔原明細書及び原図面には、コーダから送出される信号について具体的な開示がなされておらず、信号の一部が削られることにより情報の一部が削られると正しいデータが得られない信号、例えば、ダイアルパルスの如く、パルス数によつて数値を表わす信号も存在するから、前記の補正は、信号の一部が削られた状態で受信されるという事項と、信号の一部が削られても情報が失なわれないという形式の信号を用いるという新たな事項を追加したものと認められる。〕

(6) 前記Ⅰ、Ⅱ項を含め前記各項指摘の事項同旨の記載、及び、これら事項を前提とした補正明細書第16頁第16行乃至第17頁第4行、同第17頁第12行乃至第18頁第17行の記載。

以上のⅠ乃至Ⅲ項で指摘した事項及びこれら事項に関連する事項が、いずれも原明細書及び原図面の要旨を変更するものと認められること如上のとおりであるから、この手続補正は、特許法第159条第1項の規定によつて本件審判に準用される同法第53条第1項の規定により、これを却下する。

3  決定を取り消すべき事由

本件手続補正は原明細書及び原図面の要旨(以下、単に、「要旨」という。)を変更するものであるとした決定の認定は誤つており、決定は違法として取り消されるべきである。

1 決定の理由Ⅰについて

本件手続補正において、第3―1図(別紙図面(3)参照)及び第3―2図(別紙図面(4)参照)を追加し、第3―1図に示した構成についての説明をなした点について、決定は、スイツチRS及び遅延回路Dを省略しうること及びスイツチRSを特定の下位局むけに固定しておくことについて原明細書又は原図面に開示ないし示唆されていないから、本件手続補正は要旨を変更するものである旨認定している。

しかしながら、第3―1図及び第3―2図は、いずれも本願発明の1実施例に関する第3―3図(原図面第3図、別紙図面(1)参照)に示した構成の基本原理を述べる説明図であり、そのうち第3―1図は本願発明の基本原理そのものを示すものであり、第3―2図は右基本原理に選択回路を附加していく思考過程を示すものであつて(なお、第3―2図③は図面を簡略化するため遅延回路Dを省略したにすぎない。)、これらのことは当業者にとつて常識的なことである。

また、スイツチRSと遅延回路Dとの関連も技術常識に属する事柄である。

本願発明の本質は、交換機による通話線の接続に用いる情報の信号(接続用情報信号)を各電話局に同時に配布して、各局独自に入線と出線の接続を行わせ、その結果、全接続時間が1局分のものになるという点に存するのであつて、本願発明の発明者は、第3―1図のごとき接続用情報信号を同時に各局に配布する技術思想の基本に想到し、実際の通信網としてこれを多数構成するため、スイツチRSによる交換の技術思想を組合せて第3―3図のシステムを発明するに至つたものである。右発明の経過からみても、第3―3図の中に第3―1図の技術思想が記載されていることは明らかである。

したがつて、決定の前記認定が誤つていることは明らかである。

2 決定の理由Ⅱについて

決定は、本件手続補正後のものは、遅延回路Dについて言及するところがなく、また、スイツチRSが行先方向の出線に接続する動作を完了しない間は接続用情報信号の一部が次の階梯の局の共通線信号装置へ伝送されることなく消費されるという点において、更に、「各局において遅延を有しないことの結果として、」信号は、「RSの動作完了後は上位局をも含めて同時に(或は殆ど同時に)送達される」としている点において、原明細書の記載と相違しているなどとして、本件手続補正に係る明細書(以下「本件補正明細書」という。)第8頁第9行ないし第13行の記載及び補正図面(第3―1図、第3―2図②③)の記載は要旨を変更するものである旨認定している。

しかしながら、本件補正明細書第5頁第6ないし第9行、第16頁第9ないし第11行においては、明らかに遅延回路Dについて説明しており、決定がいうように「各局において遅延を有しない」などとは右明細書に記載されていない。

そもそも、遅延回路DはスイツチRSの附加装置であり、その目的は、RSの動作が完了するまでの間にRSの動作が接続用情報信号に崩れ(信号が到達した時、それが下位局に伝送されず崩壊してしまうこと)をもたらして通話線の接続に悪影響を及ぼすことを防ぐことである。したがつて、スイツチRSの動作時間が短いことなどから、RSの動作による信号の崩れが通信線の接続に悪影響を与えない場合には、遅延回路Dは不要である。換言すれば、信号が削られても動く装置ならば、そのまま遅延回路を用いずとも構わないし、削られて動かないRSやDRならば遅延回路を備えるのが当然である。

それ故、本件補正明細書の発明の詳細な説明の項において、最初に遅延回路を閑却した状態から説き起こし、次いで電子回路の機能を解明し、情報の崩れが無視しえぬ場合を浮き彫りにして、これを防ぐために遅延回路を設けることを説明したのである。

また、決定は、原明細書には、接続用情報信号がスイツチRSの「動作完了後は上位局をも含めて同時に(或は殆ど同時に)送達される」という、本件補正明細書記載の機能を達成することの開示、示唆はなされていないとしているが、第3―3図の構成で信号が右のように流れるのは当然のことで記載するまでもないことである。本件補正明細書で単にその説明を加えたにすぎない。

前記遅延回路Dの設置目的に照らしても明らかなとおり、RSの動作時間が短いほどDの遅れdもまた限りなく零に近づけることができる。したがつて、全体の遅れ(N-1)×dはdを小さくしていけばそれに応じて小さくなる。これに対して、1局分の通話線接続時間Tは大きい。そのうえ、従来の交換方式による接続は電話局の数だけ倍加され、その接続時間はNTである。これに対し、本願発明は従来の接続時間NTをTにしようとするもので、ごく僅かの時間である(N-1)×dをTに附加しようとしまいと問題にならない。すなわち、本願発明における通話線接続時間はTかT+(N-1)×dであつて、(N-1)×dの差はほとんど問題にならず、このような場合も、同時、あるいはほとんど同時に接続するといつてよいのである。

右のとおりであつて、決定の前記認定は誤つているものというべきである。

3 決定の理由Ⅲについて

決定は、決定の理由Ⅲ(1)ないし(6)(前記決定の理由の要点Ⅲ(1)ないし(6)参照)において指摘した本件補正明細書記載の各事項は、原明細書又は原図面に記載されておらず、また、これを示唆する記載も見出せないから、右各事項及び右各事項を説明するため、本件手続補正に際し、原図面第5図(別紙図面(2)参照)に代えて補充された第5―1図ないし第5―5図(別紙図面(5)参照)は、要旨を変更するものである旨認定しているが、右認定は、次に述べるとおり誤りである。

第5―1図ないし第5―5図は、第5図が電子工学的回路の説明図として誤つたものであつたため、これを削除訂正したものにすぎず、これによつて、本願発明の1実施例である第3―3図に何ら変更をもたらしていない。

また、本件補正明細書第13頁第7ないし第17行の記載は、同明細書の発明の詳細な説明における「タイミングの説明」(第11頁以下)の一環であることは明らかであるが、右「タイミングの説明」において、まず第3―3図の構成の基本原理である第3―1図について説明し、次いでスイツチRSを動作させる時間を考えることの必要性、スイツチRSの動作と信号との関係を説明した。そして、第3―3図を説明するに当たり、遅延を閑却して考察し、遅延回路Dがないとパルスの一部あるいは1桁以上が削られること(このことは技術常識である。)を説き、「この削られる部分、RSの動作が完了するに必要な時間だけ情報を遅らせれば信号電流は完成した形でDRに到達し得る。」(第16頁第9ないし第11行)、「RSの動作完了のための待合せ用遅延回路Dによる『おくれ』dを考えれば局数Nとして、(N-1)×dだけTに追加される。但しdは小さいので、この影響は閑却される。」(第18頁第15ないし第18行)として、遅延回路Dの機能と必要性及び遅延回路Dを入れた構成を説明したのである。このように、本件補正明細書において、第3―3図の構成で遅延回路Dを省略しなければ動作しないというように変更したことなど全くない。

したがつて、決定の理由Ⅲ(3)に指摘の事項は、要旨を変更するものではない。

決定の理由Ⅲ(1)(2)において指摘された事項は、本願発明の基本原理を示す第3―1図に関する説明であるから、原明細書に記載されていないことは当然である。

なお、本願発明については、発明する過程でまず第3―1図の基本原理を考え、多ルートを総括するRSを附加して第3―3図の構成を得た以上、何人も基本的技術思想が第3―1図であることを否定しえない。

決定の理由Ⅲ(4)(5)において指摘された事項は、遅延回路Dを閑却した状況における電子回路の動作論理を説明したものであるから、原明細書に記載されていないことは当然である。

決定の理由Ⅲ(6)において指摘された事項が要旨を変更するものでないことは、以上の主張から明らかである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  請求の原因3は争う。

本件手続補正は、原明細書又は原図面に記載ないし示唆されている事項ではない事項を明細書又は図面に記載する訂正をなしたものであるから、本件手続補正は、特許請求の範囲を原明細書又は原図面に記載した事項の範囲外のものに実質的に変更するものと認められる。したがつて、本件手続補正を、要旨を変更するものとして却下した決定は正当であつて、何ら違法の点はない。

1 決定の理由Ⅰについて

原告は、第3―1図及び第3―2図は本願発明の1実施例に関する第3―3図に示した構成の基本原理を述べる説明図であり、第3―2図②は図面を簡略化するため遅延回路Dを省略したものであり、スイツチRSと遅延回路Dの関連などは当業者には常識的事項であるという趣旨の主張、発明の経過からみても第3―3図の中に第3―1図の技術思想が表現されている旨の主張をしているが、決定の理由においても指摘しているように、原明細書及び原図面の記載によれば、第3―3図は、スイツチRSと遅延回路Dの組合せにより有意な機能を奏し、かつ、その組合せを含んだ全体としてある目的を達成しうる1つの技術思想(発明)を示すものと認められるものである。したがつて、第3―3図からスイツチRSと遅延回路Dの組合せを削除することは、第3―3図に示されている技術思想(発明)を、異なる技術思想(発明)に変えることであるから、右のような削除をすることが常識であろうはずがない。そして、右のごとく第3―3図に示されている技術思想と第3―1図に示されている技術思想とは別異のものであるから、第3―3図の中に第3―1図の技術思想が記載されている旨の原告の主張は失当である。

2 決定の理由Ⅱについて

本件補正明細書第8頁第9ないし第13行には、第3―3図の基本動作の説明がなされているが、そこには、あたかも遅延回路Dを削除するがごとく解せられる記載、すなわち、接続用情報信号はRSの「動作完了後は上位局をも含めて同時に(或は殆ど同時に)送達される」旨の記載がなされている。また、原告が、本件補正明細書において遅延回路Dの説明をしていると主張している部分には「Dは遅延回路であり、(中略)これを欠く時は(下略)」(第5頁第6ないし第9行)とか、「RSの動作が完了するに必要な時間だけ情報を遅らせれば、信号電流は完成した形でDRに到達し得る」(第16頁第9ないし第11行)と記載されており、これらの記載はすべて遅延回路Dを削除しあるいは必要に応じて適宜附加できることを示唆する記載であつて、原明細書又は原図面において記載されている遅延回路Dの必要性を説くものとは全く異なるものである。

更に、原告は、信号が削られても動く装置ならば、そのまま遅延回路Dを用いずとも構わない、削られて動かないRSやDRならば遅延回路Dを備えるのが当然である旨、また、本件補正明細書の発明の詳細な説明の項において、最初に遅延回路を閑却した状態から説き起こし、次いで電子回路の機能を解明し、情報の崩れが無視しえぬ場合を浮き彫りにして、これを防ぐために遅延回路を設けることを説明した旨主張している。原告の右主張からしても、補正された明細書又は図面の記載は、原明細書又は原図面には記載のない「遅延回路Dのないこと」を前提として、その遅延回路の附加は必要に応じで行うことを基本の技術思想としているものであることが明らかである。

3  決定の理由Ⅲについて

原告は、第5―1図ないし第5―5図は原図面第5図が誤つた説明図であつたためこれを削除訂正するものであり、右各図面についての説明事項は基本原理第3―1図に関するものであるから原明細書に記載されていないことは当然である旨主張するとともに、発明する過程でまず第3―1図の基本原理を考え、多ルートを総括するRSを附加して第3―3図の構成を得た以上、何人も基本的技術思想が第3―1図であることを否定しえない旨主張している。なるほど、補正された明細書又は図面の記載のみをみる限り、第3―1図が基本的技術思想すなわち発明を示すものとして、また、第3―3図がその発明の1実施例を示すものとして捉えることができる。しかし、それは右のとおりあくまでも補正された明細書又は図面の記載のみから捉えられるものであつて、原明細書又は原図面の記載から捉えられるものではない。そして、第3―1図さえ、原明細書又は原図面から捉えることができないのであるから、まして、その説明のための第5―1図ないし第5―5図及びそれらの説明事項が原明細書又は原図面の記載から捉えられるはずはない。したがつて、原告の前記主張は理由がないものというべきである。

なお、遅延回路Dを閑却した状態で第3―3図の動作論理を説明すれば、当然第3―1図のごとくなるという原告の主張は、第3―3図を説明するのに何故遅延回路Dを閑却した状態で説明することができるのかが予め明確でない限り、第3―1図を前提とした主張であり、第3―1図に示されているような技術思想が考えられてからいえる結果論というべきものである。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、決定を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 決定の理由Ⅰについて

一定の地域の加入者からの伝送路をすべて1つの交換機に集め、呼加入者からのダイヤルによつて、交換機を動作させ、被呼加入者と接続させ、更に、遠隔地の交換機相互を伝送路でつなぐことにより、長距離の通信を可能にする電話交換システムは一般に知られているところであるが、成立に争いのない甲第1号証の15、16によれば、従来は各交換局における出線の選択、選択された出線と入線との接続に要する動作が直列に加わり、最終的に呼加入者と被呼加入者間を接続するのに相当の時間を必要としたが、本願発明は右動作を並行して行い、総接続時間をほぼ1電話局のそれと同等にし、殊に特殊の信号変換を行つて従来の長い信号入力時間を狭めることをその目的の1つとするものであること、昭和56年3月3日付手続補正書により補正された本願発明の特許請求の範囲は、「1 縦続する通信系の交換局間において、情報信号を専用に伝送する線路的手段と、該手段に接続されて並列に情報信号を受信する手段と、これを分岐入力して記録する手段と、情報信号を識別して次位局むけの信号伝送路を選択開通する手段とを具備することを特徴とする同時交換方式。2 請求範囲1記載の交換方式において、自局内制御装置に空き出線を記憶する手段と、入力された情報信号によつて「行き先き」を識別する手段と、その識別によつて該当方面の空き出線記憶手段より使用すべき空き出線をよみ出す手段と、よみ出した空き出線情報を下位局に伝送する手段とを具備することを特徴とする同時交換方式。3 請求範囲1記載の交換方式において、被呼者または呼者より臨時的解放信号を発生する手段と、各交換局において当該信号を識別する手段と、当該識別により通信路を随時解放する手段とを具え、更に再接続用信号を記憶するレジスタ的手段と、再接続用信号を発する手段とを具備し、随時再接続しうることを特徴とする同時交換方式。」であること、第3―3図(本願の願書に最初に添附された第3図)は本願発明の1実施例を示すものであること、原明細書の発明の詳細な説明の項には、「今、呼者UがA局に所属し、通話せんとするとA局装置は呼線をさがしてその信号の受入れを準備する。(中略)加入者Uはダイヤルするか、又は他の形の信号で被呼者番号を送出するとレジスタRに蓄積される。(中略)Rの内容は(中略)コーダCDを通じて適当な信号型態(例えば本発明の1実施例としてのデイジタル信号)に変換され自局の共通線信号装置に送出される。」(原明細書第4頁第1行ないし第14行)。「回路D、S、RS、DR等よりなる共通線信号装置CSは本発明の特徴となすところで、A、B等各局に備えられ、AX、AP、AC等と組合されるものである。Dは遅延回路であり、SはAPとDとを切りかえるスイツチ、RSは信号用共通線を行先別に接続しうるスイツチで簡単のためロータリ式のものを示す。DRは、信号を蓄積するレジスタであり、又信号中に含まれる制御用シンボルを検出する機能をもつ。これ等は説明上すべて電子的回路とする。」(同第3頁第9行ないし第20行)。DRはコーダCDを通じて送出された信号「(図中下側にXBC・Z・*と示す)を蓄積しこれの最初の1~2桁によつて、行先を判断し、RSを回転してその方向の信号用出線に接続する。このRSの動作完了まで遅延回路Dによつておくらされた信号はスイツチSをとおつてRSより次の階梯のB局の共通線信号装置に送出される。」(同第4頁第15行ないし第5頁第1行)と記載されていること、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原明細書及び第3―3図は、スイツチRS及び遅延回路Dが有意な機能を奏するものであることを示していることは明らかである。

ところで、前記のとおり、RSは信号用共通線を行先別に接続しうるスイツチであつて、選択手段としての機能を奏するものであり、したがつて、第3―3図には選択の対象となる複数の行先(下位局)とのつながりが存することを前提とする発明が示されているということができる。そして、右発明が全体として成立しているといえる以上、選択手段たるスイツチRSによつて信号用共通線が接続される個々の行先(下位局)とのつながりも、それぞれが相応の機能を奏することができる構成を有するものとして、右発明に結合して含まれているものと解するのが相当であるから、スイツチRSの端子を特定の下位局むけに固定したもの、したがつて、右と同等のものとみることができるRSを削除した第3―1図に示されている構成(なお、後述のとおり、遅延回路DはスイツチRSの附加装置であるから、スイツチRSが削除されれば、当然遅延回路Dも不要となる。)は、第3―3図の中に示されているものと認めるのが相当である。

被告は、第3―3図について、それはスイツチRSと遅延回路Dの組合せを含んだ全体としてある目的を達成しうる1つの技術思想(発明)を示すものであつて、第3―1図に示されている技術思想(発明)とは異なつており、したがつて、第3―3図の中に第3―1図の技術思想は記載されているとはいえない旨主張する。

しかしながら、第3―3図に示されている技術思想と第3―1図に示されている技術思想とが具体的にどのように異なつているのか被告の主張からは明らかではないし、前記説示したとおり、第3―1図に示されている構成は、第3―3図の中に示されているものと認めるのが相当であるから、第3―3図に示されている技術思想と第3―1図に示されている技術思想とが異なるという理由のみによつて、第3―1図に示されている技術思想が第3―3図の中に記載されていないとはいい難いのであつて、被告の右主張は採用できない。

以上のとおりであつて、本件手続補正において、第3―1図を追加し、同図に示された構成についての説明をなした点をもつて、要旨を変更するものであるとした決定の認定は誤つているものというべきである。

なお、成立に争いのない甲第3号証によれば、本件手続補正において追加された第3―2図は、第3―1図の専用信号線のシステムを1ルートとして各交換ルートごとに設ける状況を示す(本件補正明細書第7頁第8ないし第10行)ものであることが認められるところ、第3―1図の追加及び同図に示された構成についての説明が前記のとおり要旨を変更するものでない以上、同図を前提とする第3―2図の追加及び同図に示された構成についての説明も要旨を変更するものでないことは明らかである。

2 決定の理由Ⅱについて

原明細書及び第3―3図には遅延回路Dが有意な機能を奏することを示す記載があることは、前記認定のとおりである。

これに対し、前掲甲第3号証によれば、本件補正明細書の発明の詳細な説明の項には、第3―3図の基本動作の説明に関し、「始端局CDより接続用情報信号はRSの動作に不拘一定のペースで送信され、RSの動作が完了せぬ間は、RSの前で消費され、動作完了後は上位局をも含めて同時に(或は殆ど同時に)送達される。」(本件補正明細書第8頁第9ないし第13行)と記載されていて、遅延回路Dが削除された状態での動作説明がなされているものと認められ、したがつて、この点で、本件補正明細書は第3―3図に関する原明細書の説明を変更したものと認められる。

ところで、原明細書における、前記認定の「このRSの動作完了まで遅延回路Dによつておくらされた信号はスイツチSをとおつてRSより次の階梯のB局の共通線信号装置に送出される。」との記載からしても明らかなように、遅延回路DはスイツチRSの附加装置であつて、スイツチRSの作動に時間が消費されるとその分入力信号の先端が崩れてしまうため、それを避けるために備えられるものである。

したがつて、入力信号の先端を削つてもよい範囲が短く、しかもスイツチRSの作動時間が長い場合には、遅延回路Dによる遅延時間を長くする必要があるが、逆に入力信号の先端を削つてもよい範囲が長く、スイツチRSの作動時間が短い場合には、遅延時間は短くてよく、更には、スイツチRSの作動時間が入力信号の先端を削つてもよい範囲に入つてしまうような場合には、遅延時間は零でもよいことになり、この場合には遅延回路Dは不要ということになる。

右のとおりであつて、遅延回路Dの遅延時間は、スイツチRSの作動時間と入力信号の先端がどれだけ削られてもよいかということを考慮して決せられるものであり、更には、遅延回路Dの必要性の有無も当業者がその実施に当たつて適宜選択しうるものであつて、遅延回路Dを設置するかどうかは、設置した場合に遅延時間をどの程度にすべきかとともに、単なる設計事項にすぎないものと認めるのが相当である。

そうとすると、第3―3図の基本動作の説明に関する本件補正明細書における前記記載は、要旨を変更するものとはいえず、これに反する決定の認定は誤りであるといわざるをえない。

3  決定の理由Ⅲについて

前掲甲第1号証の15、第3号証によれば、本願の願書に最初に添附された第5図及び本件手続補正において追加された第5―1図ないし第5―5図は、いずれも本願発明における接続時間の説明図であること、第5―1図ないし第5―5図及び決定の理由Ⅲ(1)ないし(6)において指摘された本件補正明細書記載の各事項(第5―1図ないし第5―5図に基づく動作説明事項)は第3―1図を説明するためのものであることが認められるところ、前記説示のとおり、本件手続補正において第3―1図を追加し、同図に示された構成を説明したことが要旨の変更とならないものである以上、同図を説明するための第5―1図ないし第5―5図及び右各図に基づく動作説明は、要旨を変更するものとはいえず、決定の認定は誤つているものというべきである。以上のとおりであつて、決定は、違法として取消しを免れない。

3  よつて、決定の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

〈以下省略〉

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